トラウマ小説 ◆3◆ 発狂

 帰りの新幹線。青い海に、緑いっぱいの山々。景色はばつぐんだ。
 発車してから1時間がたち、ぼくのがまんは限界をこえた。すばらしい景色に水を差すようにして、本性が表へ飛び出したのだ。
「だれか食べ物をちょうだい! お腹すきすぎて死ぬー!」
 沈黙から突然の錯乱状態を目の当たりにしたみんなは、呆気にとられている。
「死ぬー! なにかあるでしょ、ちょうだいよ!」
 と、ぼくの必死のうったえに、
「そんなにだったのか」
 と言う綿イシコーチの救いの声が聞こえた。
 
 綿イシコーチはぼくらの4年生チームのリーダーだ。普段から温厚で優しい。とても頭が良くて、会社ではえらいポストにいるようだ。そして野球のことになるとけっして妥協をしない、熱い面もある。
 そんな綿イシコーチに差し出されたのは、とっても小さなお菓子が1つ。これをあっという間にたいらげたぼくは、
「もっとちょうだい!」
 お腹が満たされるのは、はるかかなたに感じたから。ぼくはあっちこっちに体を向けて、「ちょうだい!」と叫び続けた。本能が食べ物を必要としている。でも、だれもくれない。2泊3日の鬼の合宿を、ほぼ空腹で終えたぼくは、ここでとうとう発狂した。いくら我慢強いからといっても、限度というものがある。
 もういいかげん叫び疲れたころに、周りの様子が見えてきた。すっかり慣れ切って、眠っている人がたくさんいる。友情はないの? と、悲しく思ったぼくは、人目をはばからずに、その場で大泣きしてしまった。
 
 家の玄関を開けたとたんに、「あー! お腹へった!」と、叫び出したぼく。おどろいた様子の母さんだったが、つぎつぎにごはんを用意してくれた。
 やっと助かった……
「まったく食べられなかったの? どうして食べられなかったの?」
 いつまでも不思議がる母さんだった。