トラウマ小説 ◆28◆ おもしろくない

「三振していいから、思い切りバットをふってこい」
 
 綿イシ・柴ザキ両コーチから、いつもそんな言葉をかけられていた。ぼくは打撃フォームを改造してから、まったくヒットが打てなくなっていた。
 改造は、6年生のある日に行われた。みんながぼくを中心に輪になって、見守ってくれた。
 さいしょはえんりょがちに素ぶりをしていた。だけどコーチは、「もっと」と言う。もう知るかと、腰の痛みを感じながらも、ブーンッと大きな音がするぐらいふってやった。素ぶりの回数がだんだんと増えるにつれ、「オーーー!」と周りの歓声も大きくなっていった。興奮する。こんな体験いまだかつてない!
「試合でもずっとそうしろよ」
 と言う綿イシコーチ。
 
 今思えばこれは、ぼくが将来困らないようにという、コーチによる好意だったのだろう。これから成長していけば、早くて勢いのある球を放るヤツがどんどん現れてくる。そんなやつらを相手にするには、体の小さいぼくはバットを強くふって、力で負けてはいけない。今は、球をバットの芯に当てることが得意だけれど、それだけじゃいずれ困ることになる。そういう大事な理由があったのだろう。
 もっとも、理由など聞かされていなかったから、大ぶりをして思い通りにバットに球が当たらなくなったぼくは、独りで葛藤することになったのだけど……
 
 とにかくぼくは言われた通り、練習でも試合でも大ぶりを続けた。試合では、三振してベンチに帰ってくるぼくに、「いいぞ! いいぞ!」と、みんなのはげましがあった。
 渦中のぼくは、もう野球チームにいることの意味を見失っている。いつも空腹を我慢しながらがんばって続けているのに、バッティングでは三振かゴロばかり。ちっともおもしろくないし、なにより苦しい。じゃあどうしたらいい? 自分に問いかける毎日だ。今となっては、とてもじゃないけど野球を辞められない。
『辞めます。さようなら』
 そんな簡単なもんじゃない。ここまでレギュラーを張ってきたことで、プライドという名の石が、脳内にうめこまれているようだから。それに、母さんの反対も当然のようにある。辞めるなんてみっともない。でも、早く辞めたい。